故李秀賢(イ・スヒョン)20周忌…特別寄稿「20年を振り返って」

李秀賢、私は彼の名前を一日たりとも忘れたことはありません。彼は、高麗大学で貿易を学びながら、水泳、テニス、登山など運動面に力を注ぐ一方、自らバンドを結成して音楽活動にも取り組み、多くの友人から愛され、信頼される好青年でした。大学 4年生の時「卒業前に語学研修に行きたい」と日本へ留学したわけですが、当時は、卒業してから留学するのが主流で、韓国の名門大学在学中に留学する学生は数少なかったので、大変珍しい存在でした。

今年は、その李秀賢さんと、日本人カメラマン関根史郎さんが新大久保駅でホームに転落した男性を助 けようとして亡くなった事故から20年の節目の年になり、大変感慨深いものを感じています。この20年は、長いようであっという間に過ぎ去ったように思います。

20年前の126日の出来事は、今でも鮮明に覚えています。私はその日、久しぶりの知人数名と夕食を終え、普通ならもう少し付き合うところでしたが、何か胸騒ぎがし、そのまま帰路へつきました。自宅でニュースを見ていると、速報が入り、初めて事故のことを知りました。残念な事故があったな、と思っていましたが、暫くすると「どうやらお宅の学生が事故に遭ったらしい」と警察から連絡が入りました。動転しそうな気を抑えながら急いで新宿署に駆け付けました。彼に対面し、確認した遺品の中に本校の学生証があり、現実を目の当たりにしました。

故 李秀賢氏を追悼するLSHアジア奨学会の会報「かけはし」

故 李秀賢、友達と一緒にした日本旅行

なぜこんなことになったのか、一緒に転落したのは知人なのか、詳細を警察に確認しました。当時、彼は新大久保駅近くのアルバイトを終え、家路につくべく、駅のホームにいました。すると、彼と反対のホームで酒盛りをしていた男性がホームに転落、それを見た秀賢さん、関根さんが咄嗟に助けようとホームに降り、事故に遭ったとのことでした。ためらいが一瞬でもあったら、飛び降りることなどできるはずがありません。私は「目の前の人を助けたい」という思いだけで動いた彼の行動に衝撃を受けました。

その後、当校の釜山事務所に事故の次第を伝え、ご両親に連絡を入れました。所長は、ご両親に事実を 伝えることはとても出来ず、「息子さんが大きな事故に巻き込まれ、危篤状態だ」とだけ話したようです。ご両親が来日された事故翌日は十数年ぶりの大雪で、成田から3時間かけて新宿署へ到着されました。署の前には、多くの報道関係者が詰めかけ、ご両親を待ち構えていました。あまりにも大勢のマスコミ関係者に署長も戸惑い、「裏門からも入れますよ」と配慮してくれましたが、彼は悪いことをしたわけではない、堂々と正門から入るべきだと判断し、たくさんのフラッシュを浴びながら、報道関係者にはインタビューは後にし、学校にて行います、と申し入れ、霊安室に向かいました。変わり果てた彼に対面し、到底受け入れられないお母様は別人だと言い、他方、動かぬ事実の前に一生懸命悲しみをおのずから堪えるお父様の姿に、かける言葉も見つからず、私は呆然と立ち尽くすばかりでした。

ついにご両親が抱きあって泣き崩れた時は、言い表せない心痛に私も泣いてばかりいました。悪天候もあり報道関係者は学校まで来ないだろうと考えましたが、インタビューをすべく、大勢のマスコミが校舎の前で待っていました。普通、子供を異国で亡くした親の気持ちを察すれば、この状況でインタビューを受けたら、「息子を返して」「日本に留学させなければよかった」と泣き叫んでしまうだろうと考え、一瞬不安が頭をよぎりました。しかしご両親は私の意に反し、大変冷静沈着に「息子は人を助けようとして亡くなった。息子の行動を讃えてあげたい」と話されました。今、改めて思うのは、この親にしてこの子あり、秀賢さんがご両親の立派な態度を受け継がれた証であり、それが今なお勇気ある行動として風化されない所以であると確信しております。

そしてこの勇気ある行動、ご両親の対応、人柄が日本国民に感銘を与え、多大なる弔慰金、2000通を超える激励の手紙が送られてきました。また、学校で行ったお通夜、告別式には当時の首相をはじめ多くの閣僚が参列、数千人の方々が弔問し、合掌してくださいました。これにはご両親も大変感動されました。そして、矢継ぎ早の対応に追われる中、お父様が、「いただいたお金は私的に使うわけにはいかない。これは、公に使いたい。祖国と日本の架け橋になるという息子と同じ夢を叶えようとしている留学生のために奨学会を作ってもらえないか」とおっしゃったのです。私はご両親の思いを受けて、支援者に相談し、その年、奨学会の立ち上げに繋がりました。

故 李秀賢のお墓に献花する「アイモ」の関係者ら。

「普通は子供が親の遺志を受け継ぐものだが、今は我々が子供の遺志を受け継ぎ、奨学会の活動を続けて行きたい」そう話され、ご両親は彼の命日と奨学金の授与式にご両親そろって毎年参席してくださいました。そのお父様が2年前の3月に急逝され、私は今も悲しみに暮れています。しかし、幸いにして、今、秀賢さんの隣に眠っていらっしゃいます。きっと天国で我々の世界を見てくださっていると思いま す。お父様が逝去されて、お母様が奨学会の名誉会長職を受け継いでくださり、お一人でも命日と奨学金 の授与式には必ず来日してくださっています。お母様は、10年位前、日本に行くと「そこに秀賢が居そうな気がして渡日の支度をする際はいつも胸を躍らせています」と、おっしゃっており、私は逆に胸を痛めたことを思い出します。そのお母様は、この間の授与式にて奨学生を励ましながら、日本に来るたびに自分の息子や娘に会えるようで、毎年楽しみにしているとおっしゃっていました。

20年を迎えるこの奨学金制度は、今年で総勢1000人を超える語学留学生に奨学金が渡されます。ご両親と秀賢さんが作り上げ、なお、日本の支援者の方々は20年間途切れることなく支援し続け共鳴してくださり、正に善意の塊とでも言うべきでしょう。そういう方々全員が紡いできたこの制度が、今後もアジアから来る留学生の道標となるよう、光を絶やさぬことが、20年共に歩んできた私の責務であるとともに、永遠に継承されることを心から祈っております。

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