日本の化粧品市場は、世界有数の規模を誇りながらも、極めて保守的で厳格な基準を持つ市場として知られている。スピードよりも完成度、短期的なヒットよりも長期的な信頼が重視され、品質・安全性・供給の安定性が企業の命運を左右する。その日本市場で、韓国発の化粧品ODM企業として確かな存在感を築いてきたのが、コスマックスジャパンである。
同社を率いる魚在善(オ・ジェソン)社長は、30年近く日本に在住し、日本ブランドと韓国ブランド双方の現場を知る数少ない経営者の一人だ。韓国の技術力と日本の品質基準を融合させた独自のODMモデルを構築し、日本市場での信頼を積み重ねてきた。
魚社長によれば、日本の化粧品市場の最大の特徴は「遅いが、壊れにくい」ことにある。日本では、製品開発から上市までに1年以上を要するケースも珍しくない。使用感テスト、安定性試験、安全性評価を徹底的に重ね、「問題が起きないと確信できるまで出さない」文化が根付いている。その結果、一度市場に出た製品は長く売れ続ける一方、開発スピードは必然的に遅くなる。
一方、韓国の化粧品産業は過去30年で急成長を遂げてきた。ブランドショップの拡大、中国市場の成長といった二度の大きな波を背景に、ODM市場そのものも成熟期に入っている。市場規模だけを見ても、韓国の化粧品ODM市場は日本を上回るとされ、日本が約3兆5,000億円規模であるのに対し、韓国はそれ以上の投資と取引が行われているという。
コスマックスが日本市場で競争力を確立できた理由について、魚社長は「そのまま持ち込まなかったこと」を挙げる。韓国本社が持つ革新的な処方技術を、日本の薬機法や消費者嗜好に合わせて再設計する。例えば、クッションファンデーション一つとっても、韓国ではカバー力が重視されるのに対し、日本では薄づきで自然な仕上がりが好まれる。同じ技術を使いながらも、テクスチャーや使用感は別物になる。
特に日本の顧客から高く評価されているのは、品質の再現性と供給の安定性だ。最初の試作品と100万個目の製品が同一品質であることが前提とされ、ロット表示や使用期限の管理も極めて厳格だ。わずかな表示ミスでも全量回収につながるため、製造現場では「99%ではなく100%」が求められる。この感覚の違いを理解せずに日本市場へ参入すると、信頼を一瞬で失いかねない。
流通構造にも日韓の大きな違いがある。日本の化粧品市場は依然として約9割がオフライン販売であり、オンライン比率は1割程度にとどまる。消費者が実際に手に取り、色や香り、使用感を確かめてから購入する文化が根強い。一方で、Qoo10のようなECプラットフォームは、日本のバイヤーにとって重要な「試金石」となっており、レビューの質、再購入率、返品率などがオフライン展開の判断材料として細かくチェックされている。
近年のトレンドとしては、低刺激、機能性、そして持続可能性が挙げられる。日本では人口の6割以上が自らを「敏感肌」と認識しており、アルコールフリーや低刺激設計はもはや前提条件だ。ただし、欧米ほど環境配慮が購買の決定打になるわけではなく、価格と品質のバランスが依然として最優先される点も日本市場の特徴である。
魚社長は、日本市場における韓国化粧品の課題として「信頼」を繰り返し強調する。納期を守ること、品質のばらつきを出さないこと、日本語でのカスタマーサポートを含めたアフターサービスを整えること。これらが欠ければ、「安いが信用できない」という評価につながり、韓国化粧品全体の印象にも影響を及ぼしかねない。
コスマックスジャパンが目指すのは、単なる製造委託先ではなく、企画段階から市場分析、発売後の改善提案までを担う戦略パートナーとしての役割だ。消費者インサイトの共有、価格帯やパッケージを含めた先行提案、販売データとレビューを踏まえた次の商品開発。ODMは今、第3段階に入りつつあると魚社長は語る。
「日本は、早く成果を出す市場ではありません。しかし、一度信頼を得れば10年、20年と続く関係を築ける市場です。技術より先に、態度が試される場所だと思っています」。
その言葉通り、コスマックスジャパンの歩みは、韓国化粧品産業が日本という高い壁をどう越え、どう根付こうとしているのかを象徴的に示している。
ソン ウォンソ













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