ベネズエラ石油制裁本格化…事実上最大の被害国は米?

ベネズエラ石油制裁本格化…事実上最大の被害国は米?
‐米原油価格3%上昇
‐質は下がるが安価なベネズエラ油…シェールオイルに混ぜて精製・販売
‐代わりの供給元も無い状況…ベネズエラへの影響は少ないか?
トランプ政権によるベネズエラへの経済制裁は、全世界の石油業界、特に米国の石油業界に深刻な打撃を与えると見られる。また米国は、ベネズエラ産原油に代わる安価な原油を、容易には手に入れられないと見られる。
ベネズエラのニコラス・マドゥロ政権を退陣させるために、経済制裁という刀を抜いたトランプ政権は、米国に大きな影響は無いと主張しているが、米国が制裁の最大の被害国になるとの憂慮の声が高まっている。
■複雑に絡み合う両国の石油産業
米メディアCNNビジネスは29日、トランプ政権によるベネズエラ制裁が、予想もしなかった結果をもたらしているとし、「米国の原油価格が3%上昇した」と伝えた。これは米国が28日、ベネズエラ国営石油会社(PDVSA)の資金を凍結した事で、ベネズエラ産原油の供給が閉ざされるとの憂慮の声が高まった事によるもの。
米国とベネズエラの石油産業は、数十年間緊密な関係にあり、複雑に絡み合っている。まずOPEC(石油輸出国機構)の創立会員国のベネズエラにとって米国は、世界で4番目に多い量の原油を輸入している国家。特に複雑な米国の製油システムにより、米国の石油精製企業はベネズエラの安価で質の低い原油を必要としている。
米国の石油精製企業は米国産シェールオイルにベネズエラ産原油を混ぜてガソリンを精製している。米国がサウジアラビアやロシアなどと共に世界の主要産油国となり、来年には1953年以降初めて原油の輸出が輸入を上回る事が予想されているものの、OPECをはじめとする他の産油国の原油は依然として必要。米国はこれを、カナダやメキシコ、サウジアラビアやベネズエラなどから輸入している。ベネズエラ産原油の供給が閉ざされると、米国の原油価格は上昇せざるを得ないという構造になっている。
それだけではない。ベネズエラは米国石油業界最大の顧客でもある。ベネズエラは世界最大の石油埋蔵国家。しかし生産される原油の質はかなり低く、原油を輸出するには海外から高品質の原油を輸入し、これを自国産の原油と混ぜなければならない。
ベネズエラが輸入している外国産高級原油の中で、最も大きな規模を占めるのが米国産原油。米国エネルギー省によると、昨年10月、ベネズエラは米国から1日平均50万6000バレルの原油を買い入れている。
■ベネズエラに代わる供給元は?
米国のスティーブン・ムニューシン財務長官28日、ベネズエラとPDVSAに対する制裁を発表し、「ガソリン販売価格には、この制裁による影響は無いだろう」と強調した。
また、「中東の友好国が喜んで供給不足分を解決してくれると確信している」と、代わりの輸入元があると自信ありげだが、市場の反応は違っていた。ムニューシン長官の言葉とは裏腹に、この日の米国の原油価格は3.7%上昇し、一時は1バレルあたり53.93ドルを記録した。
専門家らは、米国の予想通りにはならないと見ている。まず増産余力のあるサウジアラビアは、原油価格上昇のため減産を選択した状態にあり、来月には追加減産に出るとの報道まで出ている。何よりサウジアラビアは、米国の圧力にも今回の産油量凍結を主導した国だ。サウジアラビア以外ではイランがあるものの、米国は経済制裁中のイランには手を出さないと見られる。米国が原油を輸入する国の中で、サウジを除けば1、2位となるカナダとメキシコも、これ以上の原油の供給は難しい。既に最大値まで到達しているためだ。
エネルギー市場調査会社のJBCエナジーはこの日のレポートで、「カナダとメキシコから米国に入る原油は、実質的に限界に達している」と評じた。特にカナダは石油インフラの限界により、追加生産自体が難しいと見られる。カナダ最大の金融グループに属する、RBCキャピタルマーケッツのグローバル・エネルギー戦略責任者マイケル・トラン氏は、「事実、カナダと米国を繋ぐパイプラインはフル稼働状態」だと、「(安価な)重い石油(重油)の代替輸入元は多くない」と指摘している。
■制裁効果は微々たる物か?
米国が他国にベネズエラ制裁を一括適用しない限り、制裁によるベネズエラへの影響は、思った以上に大きくはならないとの分析も見られる。トランプ政権は今後10年間、ベネズエラの原油輸出が110億ドル(約1兆2000億円)程度減少すると見込んでいる。しかし、エネルギーコンサルタント企業のリスタッド・エナジーはこの日のレポートで、実際の減少規模は「遥かに少ないだろう」と予測している。
レポートは、原油を必要とする中国やインドが安価なベネズエラ産原油を拒む理由が無いと、米国への輸出の道が閉ざされたベネズエラ産原油は、中国やインドに新たな輸出先を求めるだろうと予想している。
一方でアナリストらは、今回の制裁の最大の被害者は米国の石油精製業界になると予想している。元々利ざやが少ない上に、ベネズエラ産原油の輸入まで閉ざされれば、より高価な原油を混ぜなければならないからだ。リスタッド・エナジーのグローバル製油インフラ責任者パオラ・ロドリゲス―マシュー氏は、「米国の石油精製企業が最大の被害者の中のひとつになるだろう」と予想した。
翻訳:水野卓